多自由度コロキウム
第1回 (7月4日) †
魚群の中立モデル †
- 日時
7月4日(木) 16時00分〜 (2時間程度を予定)
- 場所
名古屋大学(東山キャンパス)情報科学研究科棟8階802号室
キャンパスマップ
- 講演者
丹羽 洋智 氏 (独立行政法人水産総合研究センター中央水産研究所・主幹研究員)
- 要旨
BonabeauとDagorn[1]により集群性海産魚類の群れサイズ分布がベキ分布に従うことが指摘された後、有限サイズスケーリングの議論が適用できることが示された[2,3]。様々な魚群サイズ頻度データは、特徴的な魚群サイズ(サイズ分布の2次のモーメントの1次のモーメントに対する比で与えられ、厳密には対数的な補正が必要[4])でスケーリングしてプロットすると、1つの曲線上に落ち、それはFisher対数級数則(指数−1のベキ乗則で裾が指数関数的に切断される分布)に従う。
魚群の合併分裂過程では、集団中の個体がクラスターとして相互作用し、様々なサイズのクラスターへの分割パターンのダイナミクスを有限または可算状態を持つMarkov連鎖としてモデル化できる。Durrett et al.[5]は、状態の同時確率分布に対するマスター方程式に詳細釣り合い条件を課し、クラスター形成ダイナミクスの定常分布として、合併および分裂率が群れサイズに比例している場合(優先的選択クラスター形成モデル)に多変量Ewens分布を導き、サイズ別クラス毎の群れの数の期待値はFisherの対数級数則に従うことを示した。
一方、中立な群れ形成のシミュレーション(集団内の個体が群れとしてランダムに移動し偶然に出会った時に合併、また、群れはサイズに依存しない確率で2つに分裂し分かれた後のサイズは一様分布)では、群れサイズ分布は対数級数則に従う。群れ形成が中立な集団で、ある1個体に注目し、それが属する群れサイズの時間発展を確率微分方程式により解析することで、このシミュレーション結果は説明出来る[2,3]。
さらに、合併分裂確率が群れサイズに比例するクラスター形成過程のシミュレーションでは、結果はEwens分布と食い違い、クラスターサイズ分布は(指数関数の裾をもつ)指数−2のベキ分布が得られた。
クラスターの分割ベクトル(各サイズのクラスター数の一組)の代わりに、各々の群れサイズに属する魚の総個体数の一組を状態ベクトルと見なすことで、クラスター形成過程はある群れサイズ・クラスから他のクラスへの魚の退出参入のMarkovダイナミクスと記述できる。合併分裂にサイズ選好性がない中立描像では、分裂によるあるサイズ・クラスからの個体の退出速度はそのクラスに属する魚の総個体数(群数×群サイズ)に比例する。また、ある2つのサイズの群れの合併頻度は両者のクラスの群れの数の積に比例するので、各クラスからの退出速度はそのクラスの総個体数と他方のクラスの群数の積に比例し、従って、合併による状態の遷移率は両者の群れの属するクラスの総個体数の積に比例する。各クラスを占める個体数で記述した状態ベクトルの中立な合併分裂による遷移の詳細釣り合い条件は、Durrett et al.の優先的選択描像と等価な結果を与え、定常状態の確率分布として多変量Ewens分布を導く。
Ewens分布はただ1つのパラメータΘで記述され、魚群サイズ分布ではΘの値は魚群の分裂と合併の速度の比で与えらる。Θが小さく値が1では全ての魚がただ1つの巨大な群れを形成する確率が無視できなくなる。中立な群れ形成シミュレーションによると、Θ<1のとき、その確率はEwens分布が予測する値を大きく上回る。 また、観測されるクラスターサイズは間欠的で、Θ>1では、その差分は指数−2のベキ型の分布に従うこと、Θ<1でベキ指数はゼロに近づくことが見出された。
- 参考文献
[1] Bonabeau, E., Dagorn, L., 1995. Possible universality in the size distribution of fish schools. Phys. Rev. E 51, R5220–R5223.
[2] Niwa, HS., 2003. Power-law versus exponential distributions of animal group sizes. J. Theor. Biol. 224, 451–457.
[3] Niwa, HS., 2004. Space-irrelevant scaling law for fish school sizes. J. Theor. Biol. 228, 347–357.
[4] Zillio, T., Banavar, JR., Green, JL., Harte, J., Maritan, A., 2008. Incipient criticality in ecological communities. PNAS 105, 18714-18717.
[5] Durrett, R., Granovsky, BL., Gueron, S., 1999. Equilibrium behavior of the reversible coagulation-fragmentation processes. J. Theor. Probab. 12, 447–474.
第2回 (8月9日) †
自由光子場の量子連続測定によるダイナミクスと測定の反作用 †
- 場所
名古屋大学(東山キャンパス)情報科学研究科棟8階802号室
キャンパスマップ 場所が再変更されました
- 講演者
渡辺 優 氏 (京都大学基礎物理学研究所・助教)
- 要旨
量子連続測定とは時間的に常に行われ続ける量子測定であり、測定前と測定後の状態しか知ることのできない通常の測定過程と異なり、波束の収縮のダイナミクスを追うことができるため、量子フィードバック制御の基礎にもなっている。本講演では量子連続測定の基礎を紹介した後、1モード自由光子場に対してホモダイン測定と光子数測定という2種類の異なる連続測定を同時に行った際の系のダイナミクスの解析結果を紹介する。さらに、一方の測定がもう一方の測定にもたらす反作用の影響について議論する。
- 参考文献
Y. Kuramochi, Y. Watanabe, M. Ueda: Simultaneous continuous measurement of photon counting and homodyne detection on a free photon field: dynamics and measurement back action,
arXiv 1212.0968
量子フィードバック制御理論 ―量子マックスウェルの悪魔から量子Jarzynski等式まで― †
- 場所
名古屋大学(東山キャンパス)情報科学研究科棟8階802号室
キャンパスマップ 場所が再変更されました
- 講演者
渡辺 優 氏 (京都大学基礎物理学研究所・助教)
- 要旨
古典統計力学におけるパラドックスとして古くから知られているマックスウェルの悪魔は、悪魔が系を測定することで得られる情報量とそれによるフィードバック制御の影響を統計力学に組み込むことで、沙川・上田により肯定的に解決された。本講演の前半では、量子系特有の相関であるエンタングルメントを用いることにより、遠隔地では測定することなしに仕事を取り出せるエンタングルメント熱機関について紹介する。講演の後半では、また、熱力学第二法則の背後にあるJarzynski等式が、量子フィードバック制御を行った場合にどのような修正を受けるかについて、最近の我々の結果を紹介する。
- 参考文献
[1] K. Funo, Y. Watanabe, M. Ueda: Thermodynamic Work Gain from Entanglement, arXiv 1207.6872
[2] K. Funo, Y. Watanabe, M. Ueda: Integral Quantum Fluctuation Theorems under Measurement and Feedback control,
arXiv 1307.2362
第3回 (9月6日) †
量子マスター方程式による非平衡定常状態へのアプローチ †
- 場所
名古屋大学(東山キャンパス)情報科学研究科棟8階802号室
キャンパスマップ
- 講演者
杉田 歩 氏 (大阪市立大学大学院工学研究科・准教授)
- 要旨
平衡状態の統計力学を非平衡状態に拡張することを考える場合、
非平衡定常状態はもっとも自然な最初のステップである。
非平衡定常状態の解析には様々なアプローチがあるが、
本講演では、量子マスター方程式を使って定常状態を特徴付ける方法を紹介する。
この手法のメリットは、
線形応答理論や Keldyshグリーン関数を使う方法等と違って、
時間変数を含まない形で定常状態を完全に静的に議論できる点にある。
この手法を用いて非平衡定常状態の明示的な表式を摂動的に求める試みや、
弱非平衡定常系における熱力学的関係式、
量子断熱ポンプ等の最近の結果を紹介する。
- 参考文献
[1] T. Yuge, T. Sagawa, A. Sugita, H. Hayakawa: Geometrical Pumping in Quantum Transport: Quantum Master Equation Approach,
Phys. Rev. B 86, 235308 (2012),
arXiv 1208.3926
[2] T. Yuge, T. Sagawa, A. Sugita, H. Hayakawa: Geometrical Excess Entropy Production in Nonequilibrium Quantum Systems,
arXiv 1305.5026
[3] A. Sugita: Perturbative Analysis of Nonequilibrium Steady States in Quantum Systems,
arXiv 1203.3817
番外編(天白ゼミ)(9月7日) †
Typicality による平衡統計力学の基礎付け †
- 講演者
杉田 歩 氏 (大阪市立大学大学院工学研究科・准教授)
- 要旨
平衡統計力学の基礎付けについては長い議論の歴史がある。
鍵になるのは「等重率の原理」をどのように理解するか、という点である。
エルゴード性によって等重率の原理を正当化する議論はよく知られているが、
これは物理的には的外れであるということも既に何度も指摘されている。
この講演では、マクロ状態のtypicality(典型性)に基づいた
平衡統計力学の基礎付けの試みを紹介する。
これは、簡単に言えば、
「マクロ系の状態は、ほとんどの状態がそっくりで、
(粗い見方では)区別がつかない」ということであり、
それゆえに「平衡状態の性質とは、典型的な一個の純粋状態の性質である」
と考えてよい、ということである。
講演では、typicality のアイデアを正当化する簡単な不等式を紹介し、
またそれに基づいた数値計算等の最近の成果を紹介する。
第4回 (10月10日) †
時間軸と空間軸でゆらぎと非局所性を考える:ノイズと遅れを中心にして †
- 場所
名古屋大学(東山キャンパス)情報科学研究科棟8階802号室
キャンパスマップ
- 講演者
大平 徹 氏 (名古屋大学大学院多元数理科学研究科・教授)
- 要旨
神経回路や免疫システムに代表される様に、
多くの要素が相互作用することで複雑な挙動や機能を出現させるシステムを念頭におきながら、
私はこれまで、主としてこれらの相互作用にみられるような情報伝達の「遅れ」や「ノイズ」の影響を
理論的に調べることに従事してきました。
この研究テーマは
伝統的にはそれぞれの要素を含む力学微分方程式からのアプローチを中心として行われてきております。
私は遷移確率がー定の時間以前の位置によって決まるようなランダムウォークをプラットフォームとして、
できるだけ単純でありながらノイズと遅れの影響を示すようなモデルを提案構築しました。
この「遅れランダムウォーク」を用いたアプローチにより、
確率遅れ微分方程式ではとらえることのできない、
いくつかの性質を明らかにすることができました。
例えば、遅れが一定以上の大きさになると振動現象が出ることは知られていましたが、
遅れランダムウォークでは自己相関関数の振動として出現します。
またこれをある程度数理的にとらえることができました。
定常分布が存在するような場合には具体的に遅れの関数として、
数歩の遅れまでは分散の厳密解も得られました。これらについて解説します。
続いて、確率共鳴という現象との関連について議論します。
通常はノイズと外的な振動を組み合わせることで見られる現象で、
生体情報処理などを中心に様々な分野での応用研究が行われています。
ここでは遅れからくる振動を使うことで、外的な振動を用いないで、
ノイズと遅れのみによる共鳴現象を数理的に解析可能なモデルを提唱しました。
単純な理論モデルですが、この遅れ確率共鳴現象は後に、
他の研究グループにより理論的な発展が行われ、
複数のレーザーを用いた実験での現象の確認が報告されました。
この現象からの類推で、人間のバランス制御における実験の提案を行いました。
椅子に座った人間の指先で倒立棒の制御を行ってもらいます。
この際に制御を行っていない一方の手で物を持って振ってもらうことで、
よりよい制御を行うことができることを見つけました。
人間の反応時間の遅れや揺らぎなどの複合による現象であると認識しています。
これらあわせて、「ノイズ」や「遅れ」がシステムにもたらす影響について、
交通歩行流、ネットワークの自己組織化、円ドル為替レートの時系列の解析、符号化、
量子論への応用、「集団追跡と逃避」などについて時間があれば話したいと思います。
やや抽象的には、時間軸と空間軸のあいだで「ゆらぎ」と「非局所性」に関して、
行ったり来たりしています。
「遅れ」は時間軸上でのはなれた2点が関係しているとしたり、
時間軸上でゆらぎを考えたらどうなるだろうかなど、模索しています。
あまりうまく行っているとは言えないところも多々あるのですが、
そのあたりも触れてみたいと考えています。
第5回 (11月5日) †
ガラス転移の理論研究の最近の進展 †
- 場所
名古屋大学(東山キャンパス)情報科学研究科棟8階802号室
キャンパスマップ
- 講演者
宮崎 州正 氏 (みやざき・くにまさ)(名古屋大学大学院理学研究科・教授)
- 要旨
ガラス転移は、液体に限らず、高分子系やコロイド系など幅広い系で普遍的に観測される現象だが、その本質は未だに明らかになっていない。
物理学では、最も単純化されたモデル系に対して、簡単な近似理論を作って、本質をえぐり出すのが常套手段であるが、ガラス転移では単純なモデルすら見つかっていないのが現状である。また「転移」と呼ばれる現象においては、まず最初に揺らぎを無視した平均場理論が、現象を理解するための最初の一歩であることが多いが、ガラス転移においては、その平均場理論すら確立していないありさまである。本講演では、我々がいかにガラス転移を「理解していないか」について、最近の私たちの研究を中心に分かりやすく解説いたします。
第6回 (12月24日) †
緩和過程の接触多様体上での幾何学的記述 †
- 場所
名古屋大学(東山キャンパス)情報科学研究科棟8階802号室
キャンパスマップ
- 要旨
平衡熱力学は接触多様体の中のルジャンドル部分多様体と呼ばれるある部分集合での幾何学であると定式化される。従って非平衡系は接触多様体のルジャンドル部分多様体以外の集合で幾何学的に記述できる可能性があるが、その可能性の検証は殆ど行われておらず、未知である。
発表者は接触多様体上のベクトル場でどのような物理現象を説明できるかを、具体例を使って示したい。
発表では上記の説明を与えたあと、新たな結果として、非平衡状態から平衡系へ緩和に対応する接触多様体上のベクトル場を明示し、説明する。
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