多自由度コロキウム
第1回 (5月17日) †
蝋燭火炎の振動と同期現象 †
- 場所
名古屋大学(東山キャンパス)情報科学研究科棟8階802号室
キャンパスマップ
- 講演者
長瀬 久在(ながせ・ひさあき)氏 (名古屋大学大学院情報科学研究科)
- 要旨
今回の発表は、複数の振動子が相互作用を介して振動の足並みをそろえる同期現象に関するイントロダクションを、日常的に身近な存在である蝋燭(ろうそく)を題材として行うものである.
ごく一般的な蝋燭を複数本束ねて燃焼させると火炎の大きさに周期的な振動を呈し、さらに同様な束をもう一組用意し接近させた場合には、ある条件のもとで同期現象が発生することが判明している. こうした特徴的な火炎振動について行った、実験ならびに時系列データの解析の経過を、数理的な同期理論や関連研究の紹介を交えながら説明する.
第2回 (5月24日) †
表情相互作用の調和振動子モデルの提案 †
- 日時
5月24日(火) 15:30〜16:40 (←開始時刻に注意)
- 場所
名古屋大学(東山キャンパス)情報科学研究科棟8階802号室
キャンパスマップ
- 講演者
河邊 貴希(かわべ・たかき)氏 (名古屋大学大学院情報科学研究科)
- 要旨
本研究では、表情認識を定量化するシステムである Microsoft Emotion API を用いて、対話する2人の表情の指標量の時系列を測定した。Microsoft Emotion API はAnger(怒り), Contempt(軽蔑), Disgust(嫌悪), Fear(恐怖), Sadness(悲しみ), Happiness(幸福), Surprise(驚き), Neutral(中間)という8つの指標量を出力するが、Happiness から Anger, Contempt, Disgust, Fear, Sadness の平均値を引いた量の時間変化(表情速度と呼ぶ)の出現頻度が指数分布に従うことが観測された。この観察をふまえて、調和振動子を無数に含んだ2つの断熱容器が一点で接触してエネルギーのやりとりを行う系を想定し、対話中に表情を変化させる2人を、2つの断熱容器としてモデル化することを提案する。
第3回 (6月14日) †
熱機関のパワーと効率の間のトレードオフ関係 †
- 場所
名古屋大学(東山キャンパス)情報科学研究科棟8階802号室
キャンパスマップ
- 講演者
白石 直人 氏 (東京大学大学院総合文化研究科)
- 要旨
熱機関を特徴づける基本的な量として、効率とパワー(単位時間あたりに取り出した仕事)の二つがある。この二つの量の関係としては、パワーが大きいほど原理的な効率上限が下がるという相補的な関係が信じられている。
ところが、近年の非平衡統計力学において両者の関係は精力的に研究されているにもかかわらず、効率とパワーの相補的関係はこれまでよく理解されていなかった。それどころか「有限パワーの熱機関はカルノー効率を達成するか」という非常に基本的な問題さえ未解決であった。素朴にはこれは明らかに不可能に思える。だが、熱力学は熱機関のパワーには特に制限を与えない。さらに線形領域に限ったとしても、磁場などによって時間反転対称性が破れている場合には、線形非平衡熱力学の形式論は「有限パワーかつカルノー効率の熱機関」の存在を特に禁止していない[1]。実際「有限パワーかつカルノー効率」を実現するアイデアはいくつも提起されている[1-3]一方で、具体的なモデルの線形領域における解析はすべて、有限パワーの熱機関はカルノー効率を達成しないという結果を示している[4-7]。現状では「有限パワーとカルノー効率の関係」さえ一般論を欠いている状況であり、一般的なパワーと効率の相補的関係はこれまでの研究ではほとんど取り扱えていなかった。
これに対し我々は、熱浴がマルコフ的ならば成立する、一般的なパワーと効率のトレードオフ不等式の導出に成功した[8]。この結果は、時間反転対称性が破れた系に対しても成り立ち、また線形領域を超えた非平衡系でも成り立つ一般的な結果である。我々はまず、部分エントロピー生成の方法[9]に着想を得て、エントロピー生成率と熱浴ーエンジン間の熱流との間の不等式を導出した。この不等式は、熱浴とエンジンの間でエネルギーを素早くやり取りすればするほど、その分だけエントロピー生成が生じることを示している。我々は、この不等式を二熱浴を用いたサイクルに適用することで、パワーと効率の間のトレードオフ不等式を導くことに成功した。特にこの不等式は、効率をカルノー効率に近づけていくとパワーがゼロになることを示すため、マルコフ系において「有限パワーかつカルノー効率の熱機関」が一般に不可能であることをコロラリーとして含んでいる。
本講演では、まず近年研究が活発に行われている「時間反転対称性が破れた系」のパワーと効率に対する先行研究を簡単に概観した後で、我々の結果であるトレードオフ不等式の導出を丁寧に説明していきたい。
- 参考文献
[1] G. Benenti, K. Saito, and G. Casati, Phys. Rev. Lett. 106, 230602 (2011).
[2] M. Campisi and R. Fazio, arXiv:1603.05024 (2016).
[3] M. Ponmurugan, arXiv:1604.01912 (2016).
[4] K. Brandner, K. Saito, and U. Seifert, Phys. Rev. Lett. 110, 070603 (2013).
[5] V. Balachandran, G. Benenti, and G. Casati, Phys. Rev. B 87, 165419 (2013).
[6] K. Brandner, K. Saito, and U. Seifert, Phys. Rev. X 5, 031019 (2015).
[7] K. Proesmans and C. Van den Broeck, Phys. Rev. Lett. 115, 090601 (2015).
[8] N. Shiraishi, K. Saito, and H. Tasaki, arXiv:1605.00356 (2016).
[9] N. Shiraishi and T. Sagawa, Phys. Rev. E 91, 012130 (2015).
第4回 (6月28日) †
名前の分布/鳥の群れの構造と運動 †
- 場所
名古屋大学(東山キャンパス)情報科学研究科棟8階802号室
キャンパスマップ
- 講演者
水口 毅 氏 (大阪府立大学大学院工学研究科)
- 要旨
名前のサイズ頻度分布に関する解析結果をいくつか報告する。日本人の姓のサイズ頻度分布がべき的であるという宮島らの報告[1,2] をきっかけに、様々な国や地域での分布・より良い精度でのフィッティング・継承メカニズムに関する考察など様々な研究が行われている。名前についても同様の解析が行われている。姓と名前はその継承過程が異なるにもかかわらず、その統計的な特徴が似ていることも興味深い。いくつかの種類の名前に関する実データと数理モデルの解析結果を紹介する[3,4]。後半は、実データにもとづいた鳥の群れの集団運動に関する解析を紹介する[5,6]。
- 参考文献
[1] S. Miyajima, et al., JPSJ 68 (1999) 3244-3247.
[2] S. Miyajima et al., et al., Phyica A 278 (2000) 282-288.
[3] R. Hayakawa, Y. Fukuoka, and T. Mizuguchi, JPSJ 81 (2012) 094001.
[4] 早川良,水口毅,「日本人の名前のサイズ頻度分布」,数理解析研究所講究録 1796巻 (2012) 26-30.
[5] M. Yomosa, T. Mizuguchi, and Y. Hayakawa, PLoS ONE 8 (2013) e81754.
[6] M. Yomosa, T. Mizuguchi, G. V\'as\'arhelyi, and M. Nagy, PLoS ONE 10 (2015) e0140558.
第5回 (7月7日) †
物理学における圏論的視点 †
- 日時
7月7日(木) 16:00〜 (←曜日・開始時刻に注意)
- 場所
名古屋大学(東山キャンパス)情報科学研究科棟8階802号室
キャンパスマップ
- 講演者
松久 勝彦 氏 (東京大学大学院理学系研究科)
- 要旨
圏論 (category theory) は数学的構造それ自体の関係を議論するための道具である(と思う)。物理学にとっては、必ずしも物理学的動機を持つとは限らない抽象数学の、さらに抽象論とも見える圏論は、非常に遠い存在のように思えるが、近年の圏論ブームによって、物理学にも近しい数学的概念にまで「圏論化」が及んできている。それは確率論、積分論、シャノンエントロピー、長年議論されてきた量子力学の諸性質/形式論を含む。よく議論された既存の概念をただ圏で書きなおしても、具体的な新しい問題が解けるようになるわけではない。しかし個々の現象ではなく、より基礎的な観点に立って、そもそも個々の理論が現象のどんな性質を相手にしているか?そこからどんな数学が自然に出てくるのか?一般化や特殊化ができるか?理論Aと理論Bはどう関係するのか?概念Xは「どこに居て」「どう解釈できるか」?といった、一段メタな問題意識が出てくる。そう言った状況で、圏論の分野横断的な視点が、一般的な語法や直観を提供する可能性がある。
今回の発表では、物理学にも近しい数学概念の、圏論的記述を例にしながら、圏の基本的な概念の導入を行い、圏論的な理論観の可能性を考えたい。
- 参考文献
[1] Steve Awoday: Category Thoery (Oxford Univ Press, 2nd ed., 2010)
[2] Saunders Mac Lane: Categories for the working mathematician (Springer, 2nd ed., 1997)
[3] Samson Abramsky, Bob Coecke: Categorical Quantum Mechanics, arXiv: 0808.1023
番外編(天白ゼミ)(7月9日) †
モノイダル圏での量子論 †
- 講演者
松久 勝彦 氏 (東京大学大学院理学系研究科)
- 要旨
近年の圏論ブームの中で、量子力学の圏論化が試みられた。ナイーブな物理学的視点から見れば、(有限次元)量子力学の様々な概念が、実は Dagger Compact Closed Category の語法の中で展開出来るというのが、その主旨と思われるが、その背後には、モノイダル圏の語法によってもたらされた広範な分野にまたがる図的アナロジーがあり、量子論の圏論化はその一つのデモンストレーションのようでもある。本ゼミでは、圏論とモノイド圏の図言語の初歩的な導入と、それによる「図的な」量子力学: Categorical Quantum Mechanics の紹介を行いたい。
- 参考文献
Samson Abramsky, Bob Coecke: Categorical Quantum Mechanics, arXiv: 0808.1023
番外編(天白ゼミ)(7月30日) †
擬スペクトル分布に基づく量子論の擬古典表現および量子化の新しい手法 †
- 要旨
量子可観測量(Observable)の非決定性や非両立性は、我々が日常で馴染んでいる決定的で実在的な古典論の世界に対する疑惑を投げかけるものとして、量子論の黎明期から Wigner や Weyl、Groenewold、Moyal、Bohm、de Broglie らをはじめ、多くの物理・数学・科学哲学者が長年にわたって取り組んできた問題でした。このような問題に対する研究の一つの糸口として、 量子論の数学の枠組みを古典論のそれに変換する手続き、即ち Hilbert 空間上の作用素や vector を、それぞれ(とりわけ相空間上の)関数や擬確率分布に書き直す手法の研究がなされました。このような量子論の「擬古典表現」(またはその逆操作としての「量子化」)の研究としては、恐らく Wigner-Weyl 変換(またはWeyl 量子化)が最もよく知られている例かと思われます。
本講演では、量子論の擬古典表現や量子化の一般論を議論する上での処方箋として、「擬同時スペクトル分布」に基づく(恐らく)新しい手法を提案します。量子可観測量全体の空間に対して、その可換な部分代数を関数環に一対一に写す手法は、関数解析学において汎関数計算(英:functional calculus)として知られており、またこの対応はその可換部分代数を生成する自己共軛作用素の組の同時スペクトル測度で特徴付けられることが知られていますが、本手法は、任意の(非可換な)自己共軛作用素の組に対しても擬同時スペクトル分布を構成的に定義することで、正準交換関係にある対のみならず、任意の組の量子可観測量に関する擬古典表現および量子化を構成するものです。とりわけ、本手法の特別な場合として、従来の Wigner-Weyl 変換や Wigner 分布、Moyal-Weyl-Groenewold product 等の概念の位置付けにも言及します。また、時間の余裕があれば、本理論の応用例として、(イ)擬確率分布の観点からの「弱値」の幾何学的/統計的解釈、および(ロ)新しい不確定性関係としての「近似・推定の不確定性関係」も紹介したいと思います。
- 参考文献
[1] E. Wigner. On the Quantum Correction For Thermodynamic Equilibrium. Phys. Rev., 40:749, 1932.
[2] H. Weyl. Quantenmechanik und Gruppentheorie. Zeitschrift für Physik, 46 (1):1–46, 1927.
[3] H. Groenewold, "On the Principles of elementary quantum mechanics", Physica, 12, pp. 405-460, 1946.
[4] J. E. Moyal, "Quantum mechanics as a statistical theory", Proceedings of the Cambridge Philosophical Society, 45 pp. 99–124, 1949.
[5] L. Cohen, "Generalized Phase-Space Distribution Functions". Journal of Mathematical Physics 7 (5): 781–781, 1966.
[6] G. S. Agarwal and E. Wolf, "Calculus for Functions of Noncommuting Operators and General Phase-Space Methods in Quantum Mechanics I - III", Phys. Rev. D, 2, 1970.
[7] J. Lee, "On the Weak Value and Uncertainty Relations based on Quasi-Joint-Probabilities in Quantum Mechanics", Ph. D. Thesis, University of Tokyo, 2016.
[8] J. Lee and I. Tsutsui. "Uncertainty relations for approximation and estimation". Phys. Lett. A, 380:2045, 2016.
[9] J. Lee and I. Tsutsui. "Quasi-probabilities in Conditioned Quantum Measurement and a Geometric/Statistical Interpretation of Aharonov's Weak Value", PTEP (In press).
第6回 (8月2日) †
量子論の擬確率分布と弱値から見る不確定性関係 †
- 場所
名古屋大学(東山キャンパス)情報科学研究科棟8階802号室
キャンパスマップ
- 要旨
前世紀の初頭に量子論が発見されて以来、可観測量(Observable)の概念に対する従来の古典的な理解は大きく変更を迫られました。ミクロの世界では、可観測量は本質的に確率的に振る舞い、また位置・運動量のように同時に存立することの許されない可観測量の組が存在することは、現在では広く受け入れられている量子論の顕著な特徴の一つです。さて、このような同時存立を許さない量子可観測量の組の特徴を端的に表すものとして、Heisenberg の思考実験に端を発する不確定性関係が古くから知られており、現在も活発な研究の対象となっています。
本講演では、任意の(非可換な)自己共軛作用素の組に対して定義される「擬同時確率分布」の構成に関する新しい手法を紹介した後、この擬同時確率分布の観点から不確定性関係を議論します。とりわけ、古典的な相関と条件付期待値の幾何学的性質の類推を持ち込むことで構成した、「近似・推定の不確定性関係」と解釈される新しい不等式を紹介し、そこに「弱値」が本質的な役割を果たすことを見ます。さらに、本不等式と既存の不確定性関係との関係に言及し、とりわけ Robertson-Kennard の不確定性関係と、所謂「時間・エネルギー」の不確定性関係と解釈される不等式が、その特別な場合として同じ枠組みから導出されることを見ます。
- 参考文献
[01] W. Heisenberg, Z. Phys. 43 (1927) 172.
[02] E. H. Kennard, Z. Phys. 44 (1927) 326.
[03] H.P. Robertson, Phys. Rev. 34 (1929) 163.
[04] E. Arthurs, M.S. Goodman, Phys. Rev. Lett. 60 (1988) 2447.
[05] M. Ozawa, Phys. Rev. A 67 (2003) 042105; M. Ozawa, Phys. Lett. A 320 (2004) 367.
[06] Y. Watanabe, T. Sagawa, M. Ueda, Phys. Rev. Lett. 104 (2010) 020401; Y. Watanabe, T. Sagawa, M. Ueda, Phys. Rev. A 84 (2011) 042121.
[07] L. I. Mandelshtam, I.E. Tamm, Izv. Akad. Nauk SSSR, Ser. Fiz. 9 (1945) 122; English translation: J. Phys. (USSR) 9 (1945) 249.
[08] C. W. Helstrom, Quantum Detection and Estimation Theory, Academic Press, 1976.
[09] J. Lee, "On the Weak Value and Uncertainty Relations based on Quasi-Joint-Probabilities in Quantum Mechanics", Ph. D. Thesis, University of Tokyo, 2016.
[10] J. Lee and I. Tsutsui. "Uncertainty relations for approximation and estimation". Phys. Lett. A, 380:2045, 2016.
[11] J. Lee and I. Tsutsui. "Quasi-probabilities in Conditioned Quantum Measurement and a Geometric/Statistical Interpretation of Aharonov's Weak Value", PTEP (In press).
第7回 (9月26日) †
Mathematical visualization and physics simulation with Cinderella †
- 場所
名古屋大学(東山キャンパス)情報科学研究科棟 第2講義室
キャンパスマップ
- 要旨
The Interactive Geometry Software Cinderella is a tool for creating
interactive geometry visualizations. In addition to (projective)
geometry it also adds basic simulation capabilities for physics and an
easy to use scripting language, CindyScript?.
In my talk, I will
present the abilities of Cinderella, and show how to apply it to real
world situations and work with mathematical models. I will also
discuss the connection to sensors and other data collection devices,
including iPhones. As an outlook, I will discuss the ability to
retrieve 3D data from LEAP motion sensors, opening another range of
application.
第8回 (9月26日) †
物理現象を用いた数学教材作成 †
- 場所
名古屋大学(東山キャンパス)情報科学研究科棟 第2講義室
キャンパスマップ
- 要旨
高専,大学の数物系科目担当教員の多くは,TeXを用いて授業教材を作成している。
TeXは,美しい数式を表示できるので,単に論文作成だけではなく,教材作成にも役立っている。
しかし,図を挿入したり,レイアウトを調整することは,TeXの苦手とする所である。
私たちは,TeXの図作成のためのパッケージKETpicを開発してきたが,2年前から,
動的幾何Cinderellaとの連携により,よりユーザフレンドリなツールKeTCindyの開発を進めている。
KeTCindyによれば,図入りプリント教材が教員の思う通りに作成できて便利である。
しかし,物理と関連する教材では,アニメーションなど動く教材の有効性も否定できない。
現在のKeTCindyは,プリント教材,アニメーションやパラパラによる教材提示など,
さまざまなタイプの作成が可能になっている。
さらには,ごく最近には,CindyJSを用いたHTMLによるWeb教材も作成できる。
本講演では,それらの紹介とともに,組み合わせて用いる効果についても,具体的な事例とともに紹介する。
第9回 (11月17日) †
コンピュータ将棋と機械学習 †
- 場所
名古屋大学(東山キャンパス)情報科学研究科棟8階802号室
キャンパスマップ
- 講演者
杉田 歩 氏 (大阪市立大学大学院工学研究科)
- 要旨
近年コンピュータ将棋は急速に進歩し、プロ棋士を超えたとまで言われるようになっている。将棋ソフトは、指し手を読む「探索」と、読んだ先の局面の形勢を判断する「局面評価」から成っているが、この局面評価を行う評価関数を人間が直接設定するのではなく、コンピュータが自ら調整する機械学習の手法が、近年の急速な発展の原動力となった。このセミナーでは、将棋ソフトの基本的な仕組みの説明から始め、そこで用いられる機械学習の手法について解説する。
第10回 (11月17日) †
弱結合量子スピン系における非平衡定常状態 †
- 日時
11月17日(木) 15:30〜17:00頃
- 場所
名古屋大学(東山キャンパス)情報科学研究科棟8階802号室
キャンパスマップ
- 講演者
杉田 歩 氏 (大阪市立大学大学院工学研究科)
- 要旨
熱流のある非平衡定常状態では、熱流と温度勾配が比例するというフーリエ則が通常成り立っている。これは経験的には非常に普遍性の高い法則であるが、簡単な理論モデルではむしろ温度勾配を持たない定常状態が現れることが多く、フーリエ則の成立条件については完全には分かっていない。一般にはフーリエ則が成立するためには系の非可積分性(カオス性)が必要であると言われることが多いが、それが正しいとすると、温度勾配を持つノーマルな熱伝導状態をミクロな視点から解析的に調べることは非常に困難に思える。
我々は、温度勾配を持つ定常状態に対して解析的知見を得るため、弱結合量子スピン系の非平衡定常状態を扱う摂動論を開発し、温度勾配が存在する条件は非可積分性とは異なることを見出した。また、温度勾配を持つ系では非平衡系特有の相関が存在し、その相関は弱結合極限で相互作用に依らない普遍的な形を持つことを示した。これらの結果について解説する。
番外編(天白ゼミ) (11月19日) †
複合ヒッグス模型の現状とこれからの展望 †
- 要旨
ヒッグス粒子発見直前の状況とヒッグス発見によって何が変わったかについて概観する。また、最近の実験で diboson (WW/ZZ/WZ) の 2TeV アノマリーや diphoton の 750GeV アノマリーが報告され、話題を集めたが、その後の状況と教訓について私見を述べる。最後に、複合ヒッグス模型で現在有力視されている擬南部・ゴールドストーン粒子としての複合ヒッグス模型について、これからの展望を(偏見アリで)述べたい。
- 参考文献
[1] G. Cacciapaglia, A. Deandrea, and M. Hashimoto, "Scalar hint from the diboson excess?", PRL 115, 171802 (2015); arXiv:1507.03098
[2] M. Hashimoto, "Composite Z'" Phys. Rev. D 90, 096004 (2014); arXiv:1409.4954
[3] M. Hashimoto, S. Iso, and Y. Orikasa, "Radiative symmetry breaking at the Fermi scale and flat potential at the Planck scale", Phys. Rev. D 89, 016019; arXiv:1310.4304
[4] M. Hashimoto, "Constraints on mass spectrum of fourth generation fermions and Higgs bosons", Phys. Rev. D 81, 075023 (2010); arXiv:1001.4335
第11回 (12月8日) †
次世代量子情報処理技術「量子アニーリング」の基礎と応用 †
- 場所
名古屋大学(東山キャンパス)情報科学研究科棟8階802号室
キャンパスマップ
- 講演者
田中 宗 氏 (早稲田大学高等研究所、JSTさきがけ(兼任))
- 要旨
量子アニーリングと呼ばれる新しい量子情報処理技術が注目を集めている。量子アニーリングが対象とする問題は組合せ最適化問題と呼ばれる「膨大な選択肢からベストな選択肢を探索する」という問題である。組合せ最適化問題は、集積回路の最適デザインや宅配業者の最適配送ルート、膨大な工程が存在するプラントにおける最適計画などが挙げられる。最小のコスト、もしくは最大の利益を探索することから、多種多様な産業界におけるニーズが存在する。このような問題を解くことは困難であり、新しい情報処理技術の開発が求められている。
こうした背景の中、物理学の概念を用いた情報科学へのアプローチが注目を集めている。組合せ最適化問題を磁性体の基本的な模型であるイジング模型にマップし、組合せ最適化問題の最適解と、イジング模型の基底状態を対応させる。それにより、組合せ最適化問題は相互作用のある多体系の基底状態を求める問題になり、物理学で培われてきた技術を用いることができる。最も有名なものとして、シミュレーテッドアニーリングと呼ばれる方法がある[1]。これは、温度(熱ゆらぎ)を表現するパラメータを導入し、これを徐々に弱めていくことにより基底状態を自然に得る方法である。
自然界には熱ゆらぎの他、もう一つ重要なゆらぎとして、量子ゆらぎが存在する。量子ゆらぎを導入し、これを徐々に弱めていくことにより、基底状態を探索する。これが量子アニーリングの基本的な思想である[2]。1998年に日本で理論的提案がなされた後、わずか10年程度で、商用の量子アニーリング専用機がカナダのベンチャー企業D-Wave Systems社により開発された[3]。この量子アニーリング専用機開発において、日本の超伝導エレクトロニクス技術が重要な役割を果たしている[4,5]。ある特定の組合せ最適化問題について、この量子アニーリング専用機を用いた場合、古典計算機を用いた場合に比べ1億倍の計算速度向上が報告されている[6]。
以上を踏まえ、本講演では、初歩的な部分から丁寧に量子アニーリングの原理を説明する[7]。また、量子アニーリングの現在の研究開発状況、さらに、量子アニーリングが拓く未来について私見を交えながら紹介する。また時間の余裕があれば、私自身が共同研究者とともに現在進めている、量子アニーリングに関する各種研究やその他の活動についても述べる[8-14]。
- 参考文献
[1] S. Kirkpatrick, C. D. Gelatt, M. P. Vecchi, Science, 220, 671 (1983).
[2] T. Kadowaki and H. Nishimori, Phys. Rev. E, 58, 5355 (1998).
[3] D-Wave Systems Inc.
[4] M. Hosoya, W. Hioe, J. Casas, R. Kamikawai, Y. Harada, Y. Wada, H. Nakane, R. Suda, and E. Goto, Applied Superconductivity, IEEE Transactions, 1, 77 (1991).
[5] Y. Nakamura, Y. A. Pashkin, J. S. Tsai, Nature, 398, 786 (1999).
[6] V. S. Denchev, S. Boixo, S. V. Isakov, N. Ding, R. Babbush, V. Smelyanskiy, J. Martinis, H. Neven, Phys. Rev. X, 6, 031015 (2016).
[7] S. Tanaka, R. Tamura, and B. K. Chakrabarti, "Quantum Spin Glasses, Annealing, and Computation", Cambridge University Press, in press.
[8] I. Sato, K. Kurihara, S. Tanaka, H. Nakagawa, and S. Miyashita, Proceedings of the 25th Conference on Uncertainty in Artificial Intelligence (UAI2009).
[9] I. Sato, S. Tanaka, K. Kurihara, S. Miyashita, and H. Nakagawa, Neurocomputing, 121, 523 (2013).
[10] 田中宗、栗原賢一、宮下精二 「量子アニーリング法を用いたクラスタ分析」 研究会「情報統計力学の広がり:量子・画像・そして展開」
[11] 次のサイトの slideshare に幾つかのプレゼンテーション形式ファイルを掲載しています: Shu Tanaka's Website
[12] 「量子アニーリングを用いたデータ分析で、 マーケティング・コミュニケーションを最適化させる」 早稲田大学ニュース
[13] 「IoT推進のための横断技術開発プロジェクトに着手」 NEDOニュース
[14] 科学研究費補助金基盤研究(B) 「量子アニーリングが拓く機械学習と計算技術の新時代」(代表:大関真之) Quantum Learning
第12回 (12月22日) †
データ駆動型応答関数法による犯罪予測 †
- 場所
名古屋大学(東山キャンパス)情報科学研究科棟8階802号室
キャンパスマップ
- 要旨
犯罪学の中では、住居侵入や自動車盗などの犯罪者が、犯罪の対象となる場所に関して、侵入経路、防犯カメラ等の設備、ターゲットの行動、時間帯などを事前に十分調べてから犯罪を行うため、ある特定の場所の近隣で連続して発生する”近接反復被害”があることが知られている。一度犯罪事象が発生するとその近隣でしばらくの間再犯が起こりやすいという現象である。この被害のモデル化として、犯罪事象をポイントプロセスモデルを用いて表現し、Expectation Maximization アルゴリズムを用いて犯罪予測を行う研究がある[1]。この解析から、例えばカリフォルニア州の住居侵入のある例では2-3, 7日後に再度犯罪が発生しやすいという結果が見られる。この手法の開発者を含めたメンバーは犯罪予測結果を用いてパトロール経路の提案を行うスタートアップを立ち上げ[2]、数カ国の警察が実際にその予測結果を反映したパトロールを行い、一定の犯罪数の減少という成果を得ているとの報告もある[3]。本研究では、近接反復被害を示すモデルが、何らかの方程式で表現されるということを仮定し、犯罪事象を記述するグリーン関数をデータから決めるという手法を開発した。本手法では、グリーン関数は犯罪事象の密度の時間相関を示す量により記述される。この予測手法を用いて、シカゴ、ニューヨーク、東京のオープンデータに対して適用して犯罪予測を行ったので、その結果についても紹介する。
第13回 (2月23日) †
光子でみる量子力学の非局所性 †
- 日時
2017年2月23日(木) 15:00〜17:00(質疑応答を含む)
- 場所
名古屋大学(東山キャンパス)情報科学研究科棟8階802号室
キャンパスマップ
- 講演者
岡本 亮 氏 (京都大学大学院工学研究科)
- 要旨
ヤングの2重スリット実験では、それぞれのスリットからの光が強めあったり弱めあったりすることで干渉縞が形成される。では、光を弱めていって光子が一個ずつスリットに入る状況にしたらどうなるだろうか。この場合でも複数の光子の到達地点の集合が干渉縞を形成することが知られている。これは、量子力学の非局所性により、1個の光子が、二つのスリットを同時に通過することができるためである。一方で、光子がどちらのスリットを通ったかを測定(情報を取得)してしまうと、干渉縞は消えてしまう。このような、光子の干渉実験は、量子力学の非局所性の本質を端的に示すものであり、最近でも様々な実験が行われている。例えば、カナダのトロント大学の研究グループは、2重スリットの実験において、「弱測定」と呼ばれる測定手法を用いることで、光子の干渉縞と光子の軌跡を同時に記録することに成功している[1]。また、最近我々は、重ね合わせ状態として二つのスリットを同時に通過しようとする光子を、たった1個の量子的なシャッターではじくことが可能なことを実験的に実証している[2]。本講演では、このような、光子を用いて量子力学の非局所性の本質を探ろうとする、幾つかの実験について紹介する。
- 参考文献
[1] L. K. Shalm, et al., "Observing the average trajectories of single photons in a two-slit interferometer", Science 332, 1170 (2011)
[2] R. Okamoto, S. Takeuchi, "Experimental demonstration of a quantum shutter closing two slits simultaneously", Scientific Reports 6, 35161(2016)
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